- 神奈川大学プロジェクト研究所
- 光合成水素生産研究所(理学部生物科学科井上研究室)
- Research Institute for Photobiological Hydrogen Production
シアノバクテリアによる洋上水素大規模生産に向けた構想と研究開発
R&D for Large-scale Photobiological Hydrogen Production on the Sea Surface by Cyanobacteria
地球温暖化軽減のために、光合成微生物を利用して、水素を洋上で大規模かつ経済的に生産する技術の基盤形成を目指す
水素を再生可能エネルギーとして光生物学的に生産
- 水素生産は工業的感覚でなく養殖・栽培漁業的感覚で大規模に(数10-数100 km2規模)
- (参考:米作専業農家は 10 ha の経営規模が必要 - 小規模では成り立たず)
- 経済的生産には、バイオリアクター(生物反応容器)の低コスト化が必要
- 日本の鉱物性燃料輸入総額は17.4兆円(2010年)、21.1兆円(2011年)
- (農業総生産額(2009年度):8.0兆円(内コメ:1.8兆円))→新規産業雇用の創出につながる
CO2排出大規模削減のためのエネルギー源は太陽光
比率 | |||
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数量 | 対[A] | 対[B] | |
世界 | |||
一次エネルギー消費(2008)[A] | 513 | 1 | |
(化石エネルギー消費(2008)[B]) | (417) | (0.81) | 1 |
光合成純生産 | 4,200 | 8.2 | 10 |
太陽光エネルギー | 2,700,000 | 5,300 | 6,500 |
食物と摂取エネルギー | 20.1 | 0.041 | 0.050 |
日本 | |||
一次エネルギー消費(2008)[A] | 23.2 | 1 | |
(化石エネルギー消費(2008)[B]) | (19.6) | (0.84) | 1 |
光合成純生産 | 4,200 | 8.2 | 10 |
太陽光エネルギー(陸地) | 2,100 | 89 | 107 |
同上(含排他的経済水域) | 33,000 | 1,400 | 1,700 |
日本のバイオマス利用可能量 | 1.26 | 0.053 | 0.064 |
- 地表が受ける太陽光エネルギーは莫大(化石燃料消費の6,000倍以上)
- 人類のエネルギー消費は莫大で、食物摂取エネルギーの約20倍
- したがって、エネルギー作物を現在の食糧生産と同じレベルで生産できても、化石燃料の5%を代替できるのみ
- 陸上バイオマスだけでは量的に不十分
陸上に代わって海面の利用を提案
(食糧生産と競合しない)
課題は生産の低コスト化
微細藻類によるエネルギー生産の問題点:栄養塩類、CO2のエネルギーコスト
再生可能エネルギーの生産にはコスト削減が不可欠
シアノバクテリアの水素生産では栄養塩類、CO2のエネルギーコスト克服が可能
- シアノバクテリア生育後は、培養液の交換なしに長期にわたり水素生産が可能(栄養塩類コストの大幅削減)
- CO2は循環的に利用されるので、最初に加えるだけでよい
- 原料は水で、産物は水素と酸素
- 淡水ベースの培養液なので、海面に自発的に広がり、効率的光合成生産
- 不要となったシアノバクテリアは魚の餌に
洋上に浮遊させたプラスチック製バイオリアクター(例:25 x 200 m)の中で水素を大規模に生産
改良株は水素を再吸収しないので、1-2ヶ月に1度収穫すればよい(省力的生産が可能)
シアノバクテリアによる水素生産の効率化のための遺伝子工学的改良
- シアノバクテリアは通常の光合成を行う栄養細胞とニトロゲナーゼ(水素生産を触媒)反応を行う異型細胞の分業により、全体として酸素を発生しながら水素生産ができる
- 窒素栄養欠乏下で、一部の細胞が窒素固定(水素生産)を行う異型細胞に分化する
- N2非存在下(例:Ar)では、窒素固定は起こらず、水素生産だけが起こる
- 水素を吸収するヒドロゲナーゼの活性除去により、酸素存在下でも水素蓄積が可能
改良株は酸素存在下で水素を蓄積、培養液を換えることなく長期水素生産可能
- 窒素栄養欠乏培地に移したシアノバクテリアは、ニトロゲナーゼの働きで水素生産を行う。
- 改良シアノバクテリアは、H2の再吸収が不活性化されており、O2存在下でもH2を蓄積できる
(Nostoc PCC7422 ΔHup株:窒素固定活性の高い有望株を選抜し、ヒドロゲナーゼ活性を遺伝子工学的に除去した)
- (改良株:水素を濃度約30%に蓄積できる、好条件下でのエネルギー変換効率は1.7%(全太陽光換算)、Yoshino et al., Mar. Biotechnol. 9:101-112(2007))
- 培養液を換えることなく長期水素生産が可能(Clarensらの栄養塩類低コスト化の課題克服が可能)
ニトロゲナーゼの部位特異的変異導入によりArでなくN2気下でも長期生産可能
水素生産時の気体コスト削減
ニトロゲナーゼの活性中心金属クラスター周辺に配意するアミノ酸残基置換変異体を46株(R284H他)作成
水素バリアー性透明プラスチックバックバイオリアクター利用によるコスト削減の可能性
光合成微細藻類による水素生産では、バイオリアクターのコスト削減が課題
(Amos, W.A. (2004) Milestone Completion Report, NREL(US))
- 水素バリアー性透明プラスチックバック(WakhyBag)GLサイエンス社
- バッグにガスサンプリングポート(中央図)を装着して、シールし、水素バリアー性を確認
化石燃料代替エネルギーの大規模生産を目標に更に改良を行っています
[15-20年後の目標]
- 太陽光強度(地表平均)1,500 kWh/m2/yr → 変換効率1.2%(18 kWh/m2/yr)の水素
- 生産された水素の40%が最終製品を得るためのプロセスで消費される(主なもの、20%:PSAを含む精製、6%:バイオリアクター、6%:圧縮)
- 工船、運搬船、PSAなどの装置製造過程で10%が消費される(合計50%)
9 kW/m2/yr の水素が正味のエネルギーとして得られる
将来、地球表面積の1.3%(オーストラリア大陸の約85%)の海域利用により
人類社会が消費する化石燃料の50%を代替可能になり地球温暖化の緩和に貢献可能と考えている
今後の課題
- 生物学的側面
- エネルギー変換効率(太陽光→H2)向上
- 工学的側面
- H2ガス分離、貯蔵、利用技術開発
- 社会的側面
- インフラ整備、社会的受容(公海利用、遺伝子組み換え生物)
研究論文・解説など
- 櫻井英博、増川一
- シアノバクテリアによる光生物的水素生産-水素を一次エネルギーとして大規模生産を目指す-. 燃料電池6(No.2):46-52(2006)
- M. Kitashima et al.
- Flexible plastic bioreactors for photobiological hydrogen production by hydrogenase-deficient cyanobacteria. Biosci. Biochem. Biotechnol. 76:831-833(2012)
- H. Masukawa, K. Inoue, H. Sakurai, C.P. Wolk, R.P. Hausinger
- Site-directed mutagenesis of the Anabaena sp. strain PCC 7120 nitrogenase active site to increase photobiologicalhydrogen production. Appl. Env. Microbiol. 76:6741-6750(2010)
- H. Sakurai, H. Masukawa, M. Kitashima, K. Inoue
- A feasibility study of large-scale photobiological hydrogen production utilizing mariculture-raised cyanobacteria. Adv. Exp. Med. Biol. 675:291-303(2010)
- H. Sakurai, H. Masukawa
- Invited review: Promoting R&D in photobiological hydrogen production utilizing mariculture-raised cyanobacteria. Mar. Biotechnol. 9:128-145(2007)